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二宮飛鳥の棋王戦挑決トーナメント佐藤天彦八段-阿部健治郎六段観戦記+

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…自己紹介から始めようか。ボクはアスカ。二宮飛鳥だ。神崎蘭子じゃないのかって? 心配はいらない。彼女直々のご指名さ。
今日はボクのちょっとした日記みたいなものに付き合って貰うよ。

 ああ、お察しの通り、観戦記なんてボクにとっても未知のセカイだ。

それらしい作法なんか、まるで分かりやしない。
呆れたことに、ね。
だけど、将棋を見ていて思うことがあるんだ。
一つの将棋の棋譜とその裏に隠れた目には見えない変化、それらが折り重なって定跡が築き上げられていく…。
それは本質的な、ごく本質的な一部分において、ボクらの住むリアルなセカイと変わりがないんじゃないかな。
セカイはボクらの知らぬうちに回り回って、変容していく。
変わりゆくセカイを、ボク達は認識できない。人が人である限り、神のような俯瞰的視点を持てはしないのだから。
だけど将棋なら、この八十一マスの迷宮の中にある、一つの欠片なら…変貌するジャバウォックの尻尾の先くらいなら、掴めるかもしれない。
そんな願いを込めて、これを書いてみるよ。

舞台は第41期棋王戦挑決トーナメント、佐藤天彦八段対阿部健治郎六段戦。そしてそこに至るまでの、いくつかの興味深い変化局面について、だ。

▲7六歩△8四歩▲2六歩△3二金▲7八金△8五歩▲7七角△3四歩▲8八銀△7七角成▲同 銀△4二銀▲3八銀△7二銀▲4六歩△6四歩▲4七銀△6三銀▲6八玉△4一玉▲7九玉△3一玉▲3六歩△1四歩▲1六歩△5四銀▲5八金△7四歩▲5六銀△7三桂▲2五歩△3三銀▲3七桂△5二金▲6六歩△4四歩▲9六歩△6五歩

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戦型は角換わり腰掛け銀。勝手ながら序盤は一気に飛ばさせて貰うよ。このあたりの駒組みの仕方が気になる人は、各自棋書を読むか、中継の棋譜コメントを読むといい。まだるっこしいボクの説明なんかより、ずっと分かりやすい解説が見つかるはずさ。
さて、ここが作戦の岐路。端歩を保留したまま△6五歩を仕掛けるのが後手の作戦だ。
どうしてそんな仕掛けが生まれたのかって? 理由としては、ある技術の進化があげられるだろうね。
攻めの技術の向上により、端を絡ませずに手を作ることが可能になった。
だから端を保留することにより後手は擬似的に先手になり、仕掛ける。
端を絡ませずとも攻めきれる。
シンプルだろ? でも、そんなものさ。
今年に入って流行している思想だけど、かつての電王戦の阿部光瑠-習甦戦でも、後手の習甦は端を受けなかったね。
ふふ、あの時習甦には何が見えていたのかな?
ソフトが棲む冷たいセカイも、時々覗きたくなるよ。

▲同 歩△同 桂▲6六銀△3五歩▲2四歩△同 銀

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同銀と取ったこの局面。同歩との二択だね。
有り体に言ってしまえば、この将棋は同銀が死に至るまでのモノガタリなのだと思う。
だから何か文字にして、はっきりと形のあるものにして残したかったんだ。
…一つの指し手への墓標として。

▲6五銀右△同 銀▲同 銀△3六歩▲4五桂△3七歩成▲2九飛△3八角
▲6九飛△4七と▲5四銀

 

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実はこの将棋、途中の△4七とまでは前例がある。飛車の引き方が微妙に違っていて途中で千日手模様になっているけど、行き着く先は同じだ。

『2015年度 将棋日本シリーズ 東京大会 JTプロ公式戦 決勝戦
http://www.jti.co.jp/knowledge/shogi/professional/2015/final/index.html

こちらでは▲5六銀と指しているね。結果は先手が勝っているけれど、途中まではむしろ後手が有望と見られていた。だからこそ佐藤八段はここで手を変えたともいえる。
▲5四銀は鋭い手だね。△同歩は▲6四角があるから銀は取れない。△5八と▲6一飛成△5一金打も▲4三桂で先手がいい。
金銀両当たりなのに、どちらも取れないんだ。面白いね。

△6三歩▲6八金右△8六歩▲同 歩

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ここで後手にはいくつか有力な手段が存在する。順番に見ていこう。
まず△5四歩▲7一角△8六飛▲8七歩△8一飛。

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引いた飛車を角取りに当てて自然な変化だね。
これについてはこの動画に詳しい。
『盤上のシンデレラ ~安部菜々と地獄の検討室~ 第4局
http://www.nicovideo.jp/watch/sm27631647
変化を示すと△8六歩▲同 歩△5四歩▲7一角△8六飛▲8七歩△8一飛▲4四角成△3三銀打▲7七馬△4四歩▲5三銀△同 金▲同桂成△2七角成▲4五桂△同 歩▲3四歩△同 銀▲2九飛。

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手順中の▲4五桂と▲2九飛が好手でこれは先手の勝ちだね。
この動画は将棋の棋譜だけでなく普通に見ても面白いから、暇があれば是非視聴することをおすすめするよ。

続いて△8一飛ではなく△7六飛と取った変化。

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これは動画内では有力とされているものの、棋譜中継内では少し触れられただけだったから、消化不良の人も多いんじゃないかな。
これは渋谷凜と輿水幸子に聞いた変化だけど

▲4四角成△4六飛▲1一馬△2二銀▲同 馬△同 玉▲3四桂△1二玉▲4一銀△4三金左▲2二歩△3四金▲2一歩成△5五角▲5二銀不成△7六桂▲1一金△1三玉▲2二銀△同 角▲同 と△同 玉▲4三角

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これで先手がいいそうだ。手順中、銀をならずにしているのが凛と幸子の工夫で、△4五金と桂を払った時に▲2一角成△3三玉▲4三馬に銀の紐がついている。
これは後手寄り。かといって変わる手は▲3一香で後手痺れ。
残念だけどこの変化も先手勝ちのようだ。

△8七歩

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変化を長々と書いて来たけれど、実戦で指されたのはこの一手だけだ。
だけど水面下にはこんなにも多くの変化と妙手が眠っているんだ。面白いものだろう?

▲5三桂成△8六飛▲3九飛△5三金▲同銀成△2二玉

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▲5三桂成は流石の踏み込みで、変えて▲8七同金なら後手が有望だったそうだ。棋譜中継の感想戦コメントで触れられているので参照して欲しい。
△2二玉の前の△8六飛で阿部六段は二時間を超える大長考をしている。
つまり▲5三桂成に何か誤算があり、予定変更を余儀なくされた。そしてひねり出したのが△2二玉だった。

他に考えられる手段…例えば▲5三桂成△8六飛▲3九飛△8八歩成▲同金△6八銀▲同玉△8八飛成とか、△2二玉のところで△6七桂▲同金直△5八と、など。
他にも挙げるだけなら色々と並べることは出来るけど、二時間の長考でそれらが全てダメだと判断して、阿部六段は見送ったんだ。
ちなみに前者は▲7八銀で届かないし、後者も▲4二金から追って先手の勝ちだ。

▲4三銀△8八銀▲6九玉△8二飛▲6二歩まで先手佐藤天八段の勝ち

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しかし△8八玉でも冷静に迫られて後手が厳しい。▲6二歩で後手が投了することになった。

結果としてはたった68手の短手数だ。漠然とみれば随分あっさりと後手が負けたようにも見えるかもしれない。
だけど水面下には多くの変化が隠れている。
きっと対局者の頭の中では、さらに莫大な量の読みが交錯していたことだろうね。
ともあれ、▲5四銀に対する後手の手段△8六歩▲同歩に△5四歩▲7一角△8六飛▲8七歩に△8一飛、あるいは△7六飛。
△8六歩▲同歩△8七歩。いずれも先手良しということがはっきりした。
後手が▲5四銀を避けるには先の図…44手目で△同歩と取るしかない。
▲2四歩に△同銀が死んだとは、そういう意味さ。
さて、ボクの長い観戦記の旅もここでお仕舞い、幕引きだ。
ここまで読んでくれたことに感謝するよ。どうもありがとう。
観戦記なんてボクには烏滸がましいけれど、一つのセカイが生まれ、そして滅びていく…その姿を書き留めておきたかったんだ。
だけどね。一方でボクは、夢を見るんだ。
▲5四銀に対する後手の新手が見つかって、▲2四歩△同銀が蘇ることもあるんじゃないか…って、ね。
世の中で不可能と信じられていたことの、一体どれだけが本当に不可能だっただろう。
巨人に挑むドン・キホーテ…ボクは嫌いじゃあないな。
では、皆の盤上の旅の幸運を祈りつつ、ここで筆を置かせて貰うよ。
いつかまた、どこかの将棋で。

【二宮飛鳥】

《第二形態》(追記)

清浄なる空気を操る棋士より、蒼き鳥が囀る場所でこのグリモワールについての秘術を授かったわ!

 

#観戦記 変化64手目△7六飛以下は79手目▲5二銀不成が元動画から一歩進んだ最善手で、87手目▲4三角以下△4五金▲2一角成△3三玉▲4三馬△2二玉▲2一金△1二玉▲3二馬△1三銀打▲3四桂△3三銀打に、▲1五歩で一手一手となる。 https://t.co/VV0lKul5Ew

窪田義行(空気から整えていく 環境派) (@YoshiyukiKubota) 2015, 12月 26

 

#観戦記 88手目△1一玉も▲3四角成△8八歩(△5七と▲同金△8八歩は▲4六金が詰めろ逃れの詰めろ)に▲4四馬△3三歩▲同桂成で一手勝ち。但し69手目は▲1二馬が本筋で、△4五飛は▲3九香△7六桂▲3八香△同とに▲3四角が厳しい。 https://t.co/VV0lKul5Ew

窪田義行(空気から整えていく 環境派) (@YoshiyukiKubota) 2015, 12月 26

 

#観戦記 △8八歩の叩きや馬取りの△1一銀打も▲4四桂が厳しく、5二金を狙って先手が優勢だ。神谷広志八段もとい奈緒嬢の、『桂が拾えてこれは後手が良いな。』が通ったのが残念だ。以上、年の功(17歳)は及ばずともご参考頂ければ何よりだ。 https://t.co/VV0lKul5Ew

窪田義行(空気から整えていく 環境派) (@YoshiyukiKubota) 2015, 12月 26

 69手目▲1二馬

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私もまたナイトが奪われた先手が罪に濡れてしまうものだと決めつけていたわ。

以下△4五飛▲3九香△7六桂▲3八香△同とに▲3四角

 

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障壁により閉ざされている分、後手が負けているということね。
△6四香が詰めろで怖いけれど、これは▲6七歩と受けておいて大丈夫ということね。
まさか本当のプロ棋士の先生の言葉を貰えるなんて思わなかったわ。
我が真結界は破れてしまったけれど、私の胸は歓喜に震えているわ!
ありがとう…ございました!

神崎蘭子