神崎蘭子の『第74期順位戦A級9回戦 行方-佐藤天』グリモワール

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クックック……我が名は神崎蘭子……!


闇に飲まれよ!!!!

 

永きに渡り我が翼は、冷たい鎖に繋がれていたわ。
天界の牢獄の中で私は私の使命を果たしながらも、下界に残したグリモワールに思いを馳せない日はなかった……。
されど!私には永劫なる時の中で、グリモワールに魔力を注ぎ続けてくれる同胞達がいた!
彼女たちの呪術により、我が翼は再び空へと舞い上がるわ……!

みんな……ありがとう……。

そして今!我が紡ぐのは『将棋界のラグナロク』!
書の女神が映した真実の鏡……その中でも、運命の扉を開く鍵を求めた勇者達の物語……!
我が魔力により再び顕界に降臨させるわ!
さあ!狂乱の宴の始まりよ!

 

 

第74期順位戦A級9回戦
先手: 行方/ 後手: 佐藤天

▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同 歩▲同 飛△8六歩▲同 歩△同 飛▲3四飛

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この日は『将棋界のラグナロク』……!
されど、一年に渡る死闘を経て、運命の扉を開く鍵を持ち続けたのは二人だけ……。
棋界の貴族、佐藤天彦!続いて棋界のrock'n'roll!行方尚史
過去世界の戦いにおいて、ロッカーは天上界の覇者となっているわ。されど魔王の強力な魔力の前に倒れた。貴族もまたそう、こことは別の世界で魔王に挑み、敗れている……。そう、それは太陽に近づいたイカロスの如く……!
しかし!
二組の翼は折れてはいないわ!
再び立ち上がり、魔王を撃つためを剣を持ちて、ラグナロクの舞台に立ったのよ!

貴族が放ちし魔術は、『星屑の輪舞曲』!
常軌を逸した魔術使いが集いし棋界においても、貴族の『星屑の輪舞曲』は全てにおいて群を抜いているわ!彼の魔術は一つ上のステージへ、深遠なる世界を覗き込みつつあるの……!
かつて貴族の『星屑の輪舞曲』を正面から打ち破ったのは、ただ一人魔王だけ……。
ならば黒の担い手は初めから▲2六歩△3四歩▲2五歩……あるいは▲7六歩△3四歩▲6六歩……と、貴族の『星屑の輪舞曲』を避ける選択もあろう!
しかし、ロッカーは逃げない! 真正面からぶつかってこその魂の叫び……rock'n'roll!
▲3四飛と星屑を集め、貴族に勝負を挑んだわ!
きっとロッカーはこう思っていたはずよ!
運命の扉の先にいる魔王は、宿命の決戦において貴族の『星屑の輪舞曲』に真っ直ぐ挑み、そして討ち果たした……!
ならば魔王に挑まんとする自分もまた、貴族の『星屑の輪舞曲』から逃げるわけにはいかない、と……!

△3三角▲3六飛△8四飛▲2六飛△2二銀▲8七歩△5二玉▲6八玉△7二銀▲1六歩△2三銀▲3八銀△7四歩

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創世記の駆け引きは書の女神が紡ぎしグリモワールにおいても小さな姫君が私見を述べているわね!
△7二銀~△2三銀は△2四飛と互いの大天使を斬り合わせる狙い……!
この魔術式が『星屑の輪舞曲』に新たな地平を拓き、貴族の躍進の原動力ともなっているわ!
対する黒の担い手は王を▲6八玉に住まわせる……。
大天使達は2筋で斬り合うから、少しでも激戦地から離れた場所に都を築こうとしているのね!
そしてその動きを見て、白の担い手は△7四歩を弓を引き絞る……!
△2四飛と大天使を斬り合わせる魔術式を捨てた代わり、6八に近い7筋で戦いを巻き起こそうとしているのね!
戦いはまだ始まったばかり。されど、水面下で張り巡らされた計略は既に凄まじい闘争を繰り広げているわ……!

▲5六飛△6二金▲3六飛△7五歩▲1七桂△7三桂▲7五歩△5四飛▲3三角成△同 桂▲2四歩△3四銀▲5八金

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貴族の『星屑の輪舞曲』の恐ろしき所……それは戦いが始まって以降の彼独自の第七感に裏打ちされた指し回し、傷つけど決して斃れない逞しさ……されど、創生期にいとも簡単に黒の担い手が初めから持っている優位を奪っていることもあげられるわ。
否!
簡単など有り得ぬ!
『星屑の輪舞曲』はこの時代において最も重要な命題よ!
誰もが血眼になり、深淵を覗き込もうとしている!
しかし人間が多次元世界を認識出来ぬよう、貴族の輪舞曲もまた深すぎるが故に……我が瞳にはいとも容易く優位を奪っているように映ってしまうの……!

黒の担い手が放ちし▲3六飛。その切っ先には△3二金の姿がある……。
レギオンやビショップ、そしてナイトの攻勢により、2筋のチャリオットを動かし、▲3二飛成と射貫く筋を狙っているわ……!
されど、後にこの過去世界を覗き込んだとき、▲3六飛には十分な魔力が込められていはなかったように見えるわ。
白の担い手は△7三桂~△5四飛とナイトとルークで黒王陣の最も弱い5七の地点に狙いを定める……。ビショップを交換し△3三桂ともう一人のナイトを跳ねたことで、魔力は尋常ではないほど充填された!
対する黒の担い手が▲2四歩としたけど、△3四銀と避けられた時、次の矢を放つのが難しい……!
明らかに白の担い手の魔力が十分である以上、ここで更なる力を示さなければはっきりと優位を奪われてしまうのが真理……!

▲5八金

されど!もっとも忌むべき行為は、力を示すことそのものが目的ととなり、魔力無き矢を虚空に向けて放つこと……!
あるいは、▲3六飛から描きし世界には綻びがあったのかもしれない。
それによって貴族に強大な魔力を与えたしまったのかもしれない。
しかし、それは翼を折られたことを意味してはおらぬ!
▲5八金は過去の己を否定する手。
されど、それは未来を諦めずに天へと伸ばされた一手……!

 

△2七歩▲7四歩△6五桂▲7六角△6四歩▲7七桂△4五銀▲6五桂△同 歩▲2三歩成△3六銀▲3二と△4五桂▲6四桂△同 飛▲3六歩△7七歩▲同 金△3九飛

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△2七歩は貴族らしい一手ね。
黒の担い手の魔力が不足しているのを見越した上で、自らは確実な魔法を見せて、相手の攻撃を空撃ちさせようとしているわ。
この局面はロッカーの正念場でもあったわ。
ここで残された魔力を虚しくするようなことがあれば、勝負の趨勢は一気に傾き、運命の扉は閉ざされてしまうから……。
しかし同時に、ここで崩れる者がラグナロクの舞台において未だ鍵を持ち続けることも、また有り得ないわ!
▲7四歩~▲7六角は最強の抵抗よ。白の担い手からの攻め筋は多彩かつ強力……△9五角は▲7七桂で耐え、また▲7六角と打ったのは▲5六角では白のルークに斬られてしまうのを避けたから。
▲7四歩と指したロッカーの指先には力が籠もっていたわ。
それは傷ついた翼でも決して自ら地に堕ちはしないという意思さえ感じさせる……そんな指し手……!
貴族もまた、決して好敵手を侮り、優勢な状況に心緩ませはしないわ。
一気に斬りかかるのではなく、△6四歩~△4五銀と黒の担い手に重圧を掛け続けるわ。
運命の刻はもう少し……。
△4五銀に黒の担い手の対抗魔法は▲2三歩成とレギオンを成りすてて▲2六飛とパラディンに狙い定めること。
そうなれば白の担い手はパラディンを守る手を指すしかなく、好手が逆転するわ。
だから……ここ!
△3六銀とレギオンのパラディンへのプロモーションを放置し、ルークを討ち取った……!
ついに決戦の火蓋が切って落とされた!
当然黒の担い手も聖騎士をさらに進撃させるわ……しかし聖騎士の切っ先をかわして△4五桂と跳ねたナイトは同時に黒の担い手の守護法陣に狙いを定めているわ!
激しい魔術を撃ち合ってなお、白の担い手の優位は揺るがない……!
そしてついに、これで栄冠を掴む一手と言われた△3九飛が放たれたわ!


▲8五角△6一玉▲8二銀△5七桂成▲同 玉△4五桂▲6八玉△8四歩

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それでもなお、ロッカーの指し手は揺るぎはしない……!
▲8五角は白の皇帝を狙っていると同時に黒の守護結界の領域を広げることによって、△3八飛成~△5七桂成▲同玉△4五桂▲6八玉△5六桂の大魔法を防いでいるわ。
対する△6一玉は危険な飛翔……!
△6三桂ならば確実に先手の魔術から我が身を守ることができる。しかし、それでは攻撃に使うための魔力が不足するかもしれない。
そんな葛藤が、白の皇帝を死地に遊ばせた……!
……結果的に見れば、△6三桂と守護結界を強化するのが最善だったかもしれないわ。
しかし、残り少なき時の砂が最後の一粒まで零れ落ちんとする時に、攻撃用の魔力を残さないと選択をするのは困難だと思うわ。
▲8二銀とさらに切っ先を突きつけた時、異変が起こる……!
△5七桂成▲同玉△4五桂▲6八玉△3八飛成……これが黒の皇帝を捕らえている。そのはずだった。
されど、△3八飛成の瞬間……△5七銀打は▲7八玉△5八竜▲8九玉で黒の皇帝を捕らえることは出来ない。
それどころか、▲7一金打△5一玉▲7三歩成は……白の皇帝の方が挟み撃ちにされ、永遠の牢獄に囚われてしまっている……!
△3八飛成の不成立。
それは、この盤上世界を支配していたルールを崩壊させた。
貴族の△8四歩。
戒律は崩壊し、そして世界に混沌が訪れる。

 

▲4二と△2四角▲3五桂△4二角▲2九金△5六桂▲7八玉△8五歩▲3九金△5二玉

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この将棋……創世の早い段階で、既に貴族が優位を奪っていたわ。
黒の担い手が描いた世界の未来図が仮初めのものだったのか、あるいは白の担い手が描いた世界がそれを上回っていたのか……!
棋士の中でも圧倒的な魔力を誇る貴族の『星屑の輪舞曲』!
二人で十二時間あった時のうちの殆どを、ロッカーは苦しく、砂を噛む思いで指し継ぎ、耐え抜いた。
そしてついに、油断も容赦もなく魔術の詠唱を続ける貴族のわずかな揺らぎをついに捕らえた……!
懸念だった2九のルークは取り払われ、白の魔力ははっきりと枯渇した。一方で黒はいまだルークを手持ちにし、左右からチャリオットナイトが控えている。レギオンもプロモーションの時を待っている。
△5二玉の盤上世界。
はっきりと、黒の担い手が優位を奪っている……!


▲7三歩成△同 銀▲同銀不成△同 金▲8二飛△7二歩▲7五銀

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もしも時が無限にあったならば、はっきりと真理を掴むこと出来るのだろう。
しかし、人は流れる時に翻弄されることしか適わない。
何が正しく、何が誤りか。
神は語りかけてはくれない。
こちらがただ問い続けるだけだ。
答は盤上に映し出される。
慈悲も無く。

▲7三歩成……ここで例えば▲5七歩と打つ手があった。
魔力が枯渇した相手に無理矢理魔術を使わせる……これは貴族が好みし一手。
これで栄冠を手にすることができた。
あるいは▲2三飛と右の翼を羽ばたかせる。単純だが、次の▲4三桂成を防ぐために△3三歩と守護結界を張れば白のビショップは完全に石化する。次に▲2五竜~▲4三桂成~▲4五竜と、白の魔力を根こそぎ食らいつくしにいく。
これでも勝利を手にすることは出来ただろう。

されど時間は有限で、勝負の趨勢もまた、揺れ続けている。

△6二飛▲7四歩△6三金▲8一飛成△5四歩▲8四銀△3三角▲3一龍△5五角▲6六歩△4二銀▲3二龍△5三金▲5七歩△3一歩▲5六歩△3二歩▲5五歩△5六角▲6九玉△6三金

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真の強さとは何かしら……?
風に乗り、流れを掴めば、人は自らが本来持つ魔力以上の強さを発揮できるわ。
己が真を問われるのは、逆風が吹きすさび、流水は冷たく、世界に希望が見いだせない時……。
それでもなお立ち向かい続けることが出来るのは……きっと限られた者だけ。
ロッカーが長い闇の時間を耐え抜いたように、貴族もまた激流の時間の中で諦めという魔物に食われはしなかった……!
△6三金。
黒の魔術はもはや白の皇帝には届かない。

 

▲8三角△2八歩成▲同 金△8九角成まで、後手佐藤天彦八段の勝ち。

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最後の盤上世界。黒の担い手がナイトを打てば、△3九飛を防ぐ魔力がなくなってしまうわ。されど、打たなければ攻めることは出来ない……!
この二律背反の答はなく、黒の担い手はついに力尽きた。
魔力の枯渇……!
貴族は最後まで、己の勝ち方を貫いたわ。

凄まじい死闘だった。勝者と敗者に別たれることに、罪深ささえ感じるほどに。
しかし、盤上世界において、最後に立つのは一人だけ。
一人だけ……なの……。
死闘の末、運命の扉を開いたのは貴族佐藤天彦
彼の戦いは次のステージ……魔王の待つ、名人戦の舞台へ進んでいくわ。


神崎蘭子