輿水幸子の名局探訪『第71期順位戦A級7回戦 三浦弘行八段 -羽生善治三冠』

 

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はい!皆さんこんにちは!カワイイカワイイ輿水幸子です!
えっと……何から話しますかね?
とりあえず前回の文香さんの観戦記はご覧頂けたでしょうか?
久しぶりの更新でしたが、頑張ってくれましたね!
まだの人は、まずは是非こちらに目を通して頂ければと思います!

 


さて、この記事のタイトルにもあります通り、第71期順位戦A級7回戦の三浦-羽生戦の話です。
文香さんの記事で話したように、棋譜の一部を動画中で借用したのですけど、終盤戦をざっと並べるだけで、ほとんど解説も出来ませんでした。
この将棋について知って欲しいという思いでしたけど、あれだけではよく分からない部分もあったと思います。
それが心残りでしたので、この機会にがっつりやっておこうかなと!
うーん……。
機会というと、巡り合わせとか運命とか、そういう言葉を同時に連想させてしまうのですけど、これはそういうものではないんですよね。
文香さんの観戦記もそうですけど、将棋グリモワールはこういう機会を捉えるために始めたブログではありませんから。
とはいえ、ここにこうして誰かに見て貰えるツールがあって、書ける何かがある以上は、出来る範囲のことはやろうかと、そう思いました。
巡り合わせとか運命とかではなく、人間の働きとして。

 

はい!と、いうことで辛気くさい話は終わりです!
棋譜いきましょう!棋譜


棋戦:第71期順位戦A級7回戦

場所:東京・将棋会館
先手:三浦 弘行八段
後手:羽生 善治三冠   (段位は当時)

▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金▲6七金 △4一玉 ▲7八金 △5二金 ▲6九玉 △3三銀▲3六歩 △3一角 ▲7七銀 △4四歩 ▲7九角 △7四歩▲3七銀 △6四角 ▲4六角

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序盤は一気に進めて、戦型は相矢倉の持久戦ですね!
この対局は今から四年前になるんですけど、その頃はまだ▲4六銀3七桂が生きていたので、矢倉の地図が現在とは大きく異なります。
当時は早囲いはまだあまり指されていなかった……と言いたかったんですけど、この将棋は▲6七金で微妙に早囲いを見せる手順で組んでますね。でもあっさり▲7八金で早囲い放棄してますので、まあ当時としては大体そんな感じ……とナナさんが言ってました。
▲4六角と角を向き合った形は、脇システムという作戦です!
これは三浦九段の得意戦法で、電王戦での対GPS将棋でも採用していますね。
あと、当時の状況としては、羽生三冠王順位戦A級での連勝記録を更新中でした。
その数なんと21連勝!
いやいやいや、プロ棋士の中でも最上位が集まるA級ですよ?
そこで21連勝って……。相変わらずおかしなことをしてますねぇ。

 

△4三金右 ▲7九玉 △3一玉▲8八玉 △2二玉 ▲2六歩 △8五歩 ▲2五歩 △7三銀▲1六歩 △9四歩 ▲9六歩 △1四歩

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40手目△1四歩としましたが、現在では△4二角が主流ですね!
△1四歩はここから直線的な変化になって先手の研究にはまるリスクがあることが一つ。
それからこの将棋はここから角交換して先手が棒銀の攻めに出るわけですが、△1四歩を突かずにいれば棒銀はされません。一方で9筋はもう突き合ってる……ということで後手にだけ棒銀の権利があるという訳ですね。

 

▲6四角 △同 銀▲2六銀 △6九角 ▲1五歩 △同 歩▲同 香

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この▲同香があるのが脇システムの面白いところです!
棒銀での端攻めは先に銀を捨てるものと習いますからね。初心者の頃は「えっ?」って思うところです。
その教え自体は嘘ではなくて普通は無理なんですけど、この場合香走りを咎める△1三歩は▲6五歩△5三銀▲3七角で先手が指せます。
もちろん▲同銀も有力で、そう指されている将棋もありますね。

2013年1月7日 挑戦者決定二番勝負 第2局 渡辺明竜王 対 羽生善治三冠|第38期棋王戦

 

△1四歩▲同 香 △同 香 ▲1五歩 △4七角成 ▲1四歩 △1二歩▲2七香 △5五歩 ▲1五銀

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この57手目▲1五銀が新手だったみたいです。ちなみに上述の棋王戦挑決で出た新手はいきなり飛車ぶった切ってます。それに比べるとこの▲1五銀は既に前例にあったとしてもおかしくないくらい自然な手ですね。
さて、飛車香銀の攻めは相当な迫力があります。もちろん後手はこれをまともに食らうわけにはいきません。
馬や手筋を駆使して先手の攻撃陣を荒らしていきます。

△4六馬 ▲3七角 △3六馬▲6五歩 △同 銀 ▲5五角 △6四香 ▲6六歩

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▲6六歩と受け止めましたが、これは疑問だったみたいですね。代えて▲2四歩と攻める手があったようです。
以下、▲2四歩 △同 銀 ▲同 香 △同 歩 ▲同 銀 △2三歩 ▲1一銀は先手の攻めが続きそうです。

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△5四銀▲3七角 △4五銀 ▲4二歩 △同金引 ▲2四歩△同 歩

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当時のコメントを見ると、▲2四歩に△同歩と取った時点で夕食休憩に入ったみたいです。
ここでお互いしっかり英気を養って、決戦に入ろうというところでしょうか。戦いまでゆっくりじっくり駒組みと捻り合いを行うのも順位戦の呼吸って感じがしていいですね!
ちなみにこの時の夕食の注文については……『何かを頼んだようだ。』って書いてあります。何かって……何だったんでしょう?

 

 

▲6五歩 △4六銀 ▲2四香 △同 銀 ▲2三歩 △同 金▲2四銀 △2七歩

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さて、ついに決戦の火蓋が切って落とされました!
80手目は後手が馬の力で先手の大駒を抑えているところです!
そして……。

▲4六角 △2八歩成 ▲2三銀成 △同 玉▲2四金 △3二玉 ▲5五角 △5三香

 

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歩切れの先手に対して香でカウンター!
これは痛い……というか、これもう後手が良いでしょう。
いやあしかし……後手の人、強いですねぇ。滅茶苦茶強いですよこれは。当時も三冠王で、順位戦A級を21連勝中だったそうです。さっきも聞いた?いやあ、ほんとどういうことなんでしょうね。

 

▲4四角 △6五香▲6六歩 △4六馬 ▲3四金 △3八飛 ▲2三銀 △4一玉▲6八銀打

△4三歩 ▲2二角成

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先手の攻めをいなした後手は、着々と先手矢倉を包囲していきます!
矢倉持久戦における後手の勝ちパターンですね。
先手に先攻してきたところを上手く凌ぎ、息切れしたところを仕留める……という。
最近は急戦で後手から攻める形が多いので、そういうパターンの矢倉を見る機会は減りましたね。
個人的にはそういう将棋はとても好きなので、指され続けて欲しいところですけど。
さて、本譜の▲6八銀です!
先手はただでさえ攻め駒が足らない状況であるにも関わらず、自陣の補強に使うというのは、もはや攻めきるのは無理とみて粘りにいった手です!
しかし△4三歩▲2二角成で後手玉の憂いもなくなり、差がついてしまったようですが……。

 

△8六歩 ▲同 歩 △3九飛成▲6五歩 △8七歩 ▲同 金 △7九銀 ▲9八玉 △6九龍▲4八香

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四枚の堅陣の隙をものともされず、形を乱され、着々と包囲されていく先手陣。
もはや絶体絶命か……と思われたとき、▲4八香が打たれました。
23時41分の着手です。
△7八竜は▲8八銀で切れ筋、△6八銀成は▲同金△同馬▲4三金で後手玉が一気に危険になります。
結果的にはこれが、王者の思考の隙間を突いた勝負手でした。
同時に、誰も見たことのない世界への扉を開く鍵となる一手でした。

 

△8五歩 ▲4六香 △7八龍 ▲8八角 △同銀成▲同 金 △8七角 ▲9七玉 △9五歩 ▲7八金 △同角成

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誰が見ても明らかな完全包囲、先手はもう受けがありません。
しかし、この瞬間……自玉が詰まされる寸前のほんの一瞬、手番が訪れました。
諦めない者だけに、与えられる時間です。


▲3一飛 △5二玉 ▲4三金△6二玉 ▲5三金 △7二玉▲6三金 △8三玉

 

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深夜0時をとうに過ぎ、双方の玉が接近しました。しかし、まだ足りません。
先手玉の詰めろを解除するには、後手玉を9筋まで追い込み、香の利きを遮らなければなりません。

▲8四香

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この香捨てが、それを実現する一手です。

 

△同 玉 ▲8五歩 △8三玉▲8四歩

 

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この▲8四歩に△同玉は▲6六馬があり、後手の負けです。
ついに、先手は後手玉を9筋に追い込み、香の利きを切ることに成功しました。
この数手の応酬には、非常に多くの可能性が眠っていました。
わずかな時間でとても読み切れるものではないですが、結論として、▲8四歩は疑問手でした。
▲8四銀が正着で、△9二玉以下先手の勝ちだったと結論されています。

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すなわち、▲8四歩には△9四玉が生じています。

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以下▲9五歩△同 玉 ▲8六銀 △8四玉 ▲9五銀打 △同 香 ▲同 銀△同 玉 ▲7七馬 △8六香 ▲9六歩 △同 馬 ▲9八玉と、こうなれば後手玉自身が攻め駒となり、後手が玉頭戦を制します。

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ほんの一瞬だけ、勝利の可能性は後手の手に転がり込んでいました。

 

△9三玉

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当日は、感想戦の時も、羽生先生は気がついていなかったそうです。
翌日になって自分に勝ちがあったことに気づいた、と後に語っています。

 

▲8七銀 △9六歩 ▲9八玉 △9七香▲同 桂 △同歩成 ▲同 玉 △9六歩 ▲同 銀 △9五歩▲8六玉 △8四飛 ▲8五歩 △同 飛 ▲同 銀 △8七金▲9五玉

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後手もまた、敢然と王手を掛けて戦玉を引っ張り出しにいきます。
玉が一間隔てて睨み合っている局面は、なかなか出会えるものではないでしょう。

△8三桂 ▲9六玉

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この局面が、この対局の将棋としての決着の局面です。
凄まじい局面ですね。
まず先手玉は打ち歩詰めで逃れています。
そして後手が△7七金と空き王手をすると、▲8六玉が逆王手、△9五銀の逆王手返しに▲9五同香がまた逆王手で後手玉詰みで先手の勝ちです。
△8二玉の空き王手をすると、普通の合駒なら詰みですが……。

 

△8二玉 ▲9四銀まで155手で、先手の三浦八段の勝ち。

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銀の移動中合いが唯一の逃れ筋で先手玉は不詰みです。

まで155手で、先手の三浦八段の勝ちとなりました。


素晴らしい、名局だったと思います。今並べても、当時の熱気が、思いが伝わってくるようですね。
この棋譜は、三浦九段と羽生三冠、どちらが欠けても決して生まれることはありませんでした。
対局開始時刻が2013年1月11日の10:00。終局時間が1月12日1:14分。
今から、四年前の将棋です。

時間を戻すことは出来ませんが、この日のように、ただ純粋に盤上に向き合える日が再び来るのを、願っています。

 

輿水幸子